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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)945号 判決 1992年11月06日

原告 長良ふみへ

同 長良雅廣

同 藤掛利己

同 中嶋修

右四名訴訟代理人弁護士 戸田喬康 北村利弥

被告 和田運輸有限会社

右代表者代表取締役 和田忠

被告 加藤太

右両名訴訟代理人弁護士 中山信義

主文

一  被告らは、連帯して、原告長良ふみへに対し金六四九万六六五三円、その余の原告らに対し各金二六八万六四五五円宛及びこれらに対するいずれも平成元年一二月一四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの負担とする。

四  この判決第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告長良ふみへに対し一二八三万七七〇〇円、その余の原告らに対し各四二七万九二三三円及びこれらに対するいずれも平成元年一二月一四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが左記一1の交通事故の発生を理由に、被告会社に対し自賠法三条、民法七一五条に基づき、被告加藤に対し民法七〇九条、七一一条に基づき、それぞれ損害賠償を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成元年一二月一四日午前一一時一五分ころ

(二) 場所 岐阜県加茂郡七宗町神渕一〇二二九番地の三所在工場内

(三) 加害車 被告加藤運転の普通貨物自動車

(四) 被害者 長良高雄

(五) 態様 高雄の誘導により加害車を後退させていた被告加藤が、自車を停止させて降車する際エンジンを切らないままクラッチペダルを戻して後方に急発進させ、おりから誘導を終えて通行中の高雄を車体と工場鉄柱との間に挾んで死亡させた(<書証番号略>)。

2  被告らの責任原因(<書証番号略>)

被告会社は、加害車を自己のために運行の用に供する者である。

被告加藤は、本件事故当時被告会社の従業員で、その事業を執行していたが、加害車を後方に急発進させた過失により本件事故を発生させた。

3  高雄の年金受給及び給与所得

同人は、本件事故当時厚生年金保険法に基づく老齢年金として年額一一八万円を受給していたほか、名古屋可鍛工業株式会社に勤務して、平成元年中に給与等合計一九三万五二八五円の支払を受けていた。

4  高雄の相続関係(<書証番号略>)

原告ふみへは高雄の妻、その余の原告らはいずれも原告ふみへと高雄との間の子で、同人の相続人は原告らのみである。

5  損害の填補

原告らは、本件事故による損害に対し、左記6の遺族厚生年金のほかに合計二二八四万四六〇〇円を受領し、これに充当した。

6  原告ふみへの年金受給

同原告は、高雄の死後厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金として平成三年中に年額八三万四四〇〇円を受給している。

二  争点

本件の主な争点は、<1>高雄の老齢年金受給権喪失により逸失利益が生じるか、<2>右一6の遺族厚生年金を逸失利益から控除すべきか、<3>高雄の死亡により支出を免れた生活費の控除の可否・方法である。原告は、これらに関し次のとおり主張し、被告は、右<2>に関し遺族厚生年金全額の控除を主張している。

(原告の主張)

(一) 遺族厚生年金は、被保険者の老齢年金が形を替えたものではなく、厚生年金保険法が本来の社会保障的機能に基づいて独自に給付するものである。したがって、老齢年金受給権喪失による逸失利益が認められる場合、その算定に当たり右一6の遺族厚生年金の全額を控除すべきではない。

(二) また、老齢年金受給権の喪失による逸失利益が認められない場合、同年金額を高雄の生活費と同額とみなし、給与所得喪失等による逸失利益の算定に当たり生活費を控除すべきではない。

第三争点に対する判断

一  高雄の損害

1  老齢年金受給権喪失による逸失利益

(一) 逸失利益の有無

前示のとおり、高雄が本件事故当時厚生年金保険法に基づく老齢年金として年額一一八万円を受給していて、本件事故で死亡したことは、当事者間に争いがない(なお、右老齢年金は、昭和六〇年法三四号による改正前の厚生年金保険法四二条に基づくものであるが、本件では、昭和六〇年法三四号附則六三条、七八条により、右改正前の厚生年金保険法が適用される。以下改正前の厚生年金保険法が適用される場合、同法を旧厚生年金保険法という)。高雄は、この死亡により前示老齢年金の受給権を喪失し(旧厚生年金保険法四五条)、本件事故がなければ取得していたはずの同年金額に相当する利益を違法に喪失させられたものであるから、被告らに対し、当然その賠償を求める権利がある(この点につき、老齢年金受給権のように法律上適法に認められた財産上の権利が不法行為法上保護を受けないと解すべき格別の理由は見出し難い)。

(二) 逸失利益額(請求四七六万四〇〇〇円) 八四二万二二七三円

(1)  <書証番号略>によると、高雄は大正一三年七月二四日生まれで本件事故当時六五歳の男性だったが、昭和六三年簡易生命表によれば、六五歳男子の平均余命は一五・九五年であるから、特段の事情の認められない本件では、同人は、本件事故から一五年間にわたり得べかりし老齢年金受給額と同額の損害を被ったものと考えるのが相当である。また、高雄の死亡により支出を免れた生活費の割合については、後示2認定のとおり、これを三五パーセントと認定するのが適切である。

したがって、以上を基礎として高雄の老齢年金受給権喪失による逸失利益を算定し、更に年五分の割合による新ホフマン係数を使用して、これを本件事故当時の現価に引き直すと、次のとおり八四二万二二七三円となる。

1,180,000×(1-0.35)×10.9808 = 8,422,273

(2)  そして、前示争いのない相続関係に基づけば、原告ふみへは右逸失利益に関する損害賠償請求権の二分の一を、その余の原告らは同請求権の各六分の一を相続したものであるから、原告ら各自の損害額は、原告ふみへが四二一万一一三六円、その余の原告らが各一四〇万三七一二円となる。

(三) 遺族厚生年金の控除の可否等

(1)  原告ふみへが高雄の死後厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金として年額八三万四四〇〇円を受給していることは、当事者間に争いがない。

ところで、旧厚生年金法四三条、四四条の趣旨に照らせば、同法四二条に基づく前示老齢年金は、当該年金の受給権者に損失補償ないし生活保障を与えることを目的とするとともに、同人の収入により生計を維持していた配偶者及び子らに対する関係においても同一の機能を有するものと認められる。他方、老齢年金の受給権者が死亡した場合、その遺族には厚生年金保険法五八条による遺族厚生年金が支給されるが、同法五九条の趣旨に照らせば、右遺族厚生年金も、前示老齢年金受給権者の収入により生計を維持していた配偶者及び子らその他の遺族に対する損失補償ないし生活保障の目的をもって支給されるものと考えられる。したがって、右老齢年金及び遺族厚生年金は、(a)当該配偶者及び子らに関しては、その目的・機能を同じくしており、かつ(b)老齢年金受給権者の死亡を契機として消滅・発生するため、法律上同時に併存できない関係があるといえる。

そうすると、本件のように、老齢年金受給権者が死亡したため、その受給権喪失による損害賠償請求権を相続した配偶者が、同時に右死亡により遺族厚生年金の受給権を取得したときは、同人が右(a)(b)のように実質的に同一目的を持ち本来的は排他的な関係に立つ給付を二重に取得する結果となるのを避けるため、損益相殺の法理により、右相続した損害賠償請求権から取得した遺族厚生年金受給権による利益を控除しなければならないと考えるのが相当である。

(2)  そして、右控除にあたっては、相続した将来の老齢年金の事故当時の現価から、これと実質的に重複する同一期間の遺族厚生年金の事故当時の現価を差し引くのが妥当であるが、本件において、原告ふみへが前示(二)(1) の一五年間に取得する遺族厚生年金の本件事故時の現価を計算すると、次のとおり九一六万二三七九円となり、同原告が相続した前示(二)(2) の老齢年金受給権喪失による損害額四二一万一一三六円を上回るから、結局原告ふみへには、右受給権喪失による損害は残存していないこととなる。

834,400×10.9808 = 9,162,379

なお、右遺族厚生年金の控除は、実質的な二重給付を回避するためのものであるから、右年金の支給以外にされた損害の填補がある場合でも、これに先立って控除すべきものと解するのが相当である。

2  その他の逸失利益(請求一二四四万五三九四円又は九三九万二〇〇〇円) 七三八万九四八八円

前示争いのない高雄の給与所得、前示1(二)(1) 認定の事実、<書証番号略>、原告雅廣本人によれば、高雄は、本件事故当時六五歳で妻と同居し、名古屋可鍛工業株式会社に勤務して平成元年中に給与等として合計一九三万五二八五円の支払を受けていたほか、妻とともに田畑を耕作して生活していたと認められる(ただし、右農業所得の額を適切に認定するに足りる証拠はない)。

そうすると、高雄は、本件事故がなければ、少なくともなお前示1(二)(1) の平均余命の約半分である七年間にわたり就労可能だったと考えられるから、この期間に得べかりし右給与所得を喪失したものと認められる。そして、高雄の死亡により支出を免れる生活費の割合については、右家族構成のほか、田畑からの収穫物により生活費の倹約が計られたであろう事情を考慮して、これを三五パーセントとするのが相当である。

以上に基づき、高雄の老齢年金受給権喪失による以外の逸失利益を算定し、更に年五分の割合による新ホフマン係数を使用して、これを本件事故当時の現価に引き直すと、次のとおり七三八万九四八八円となる。

1,935,285×(1-0.35)×5.8743 = 7,389,488

3  慰謝料(請求も同額)

本件事故の態様(被告加藤の非常識な運転操作ミスによる事故)・結果、高雄の年齢・家族構成等諸般の事情を考慮すると、後示のとおり原告らに固有の慰謝料が認められることを考慮しても、右金額を下らないと認められる。

4  右2、3の損害に関する相続関係

これらの損害の合計は、二七三八万九四八八円であるから、前示1(二)(2) の相続割合にしたがえば、原告らが各自の損害額は、原告ふみへが一三六九万四七四四円、その余の原告らが各四五六万四九一四円となる。

5  以上合計

(一) 原告ふみへ 一三六九万四七四四円

(二) その余の原告ら 各五九六万八六二六円

二  原告ら固有の損害

1  葬儀費(請求一五〇万円) 一〇〇万円

本件事故と相当因果関係にある葬儀費用としては右金額が適切である。

そして、弁論の全趣旨によれば、原告らは、これを法定相続分にしたがって負担しているものと推認されるから、原告ら各自の損害額は、原告ふみへが五〇万円、その余の原告らが各一六万六六六六円となる。

2  慰謝料(請求・原告ふみへにつき三〇〇万円、その余の原告につき各一〇〇万円)

原告ふみへにつき二〇〇万円、その余の原告につき各五〇万円

本件事故の態様・結果、原告らと高雄との身分関係、本件事故後の原告らの生活状況等を考慮すると、右金額が相当と認められる。

三  損害の填補

以上一及び二の損害の合計は、原告ふみへにつき一六一九万四七四四円、その余の原告らにつき各六六三万五二九二円の合計三六一〇万〇六二〇円となる。

他方原告らが本件事故による損害の填補として、前示遺族厚生年金以外に合計二二八四万四六〇〇円を受領していることは当事者間に争いがないが、弁論の全趣旨によれば、原告らは右金額を、この段階での各原告の右損害額の割合で分配しているものと推認されるから右受領額控除後の原告各自の損害額は、次のとおり、原告ふみへが五九四万六六五三円、その余の原告らがそれぞれ二四三万六四五五円となる。

16,194,744×(1-22,844,600÷36,100,620)= 5,946,653

6,635,292×(1-22,844,600÷36,100,620)= 2,436,455

四  弁護士費用(請求合計一〇〇万円)

原告ふみへにつき五五万円、その余の原告らにつき各二五万円

本件事案の性質、審理経過、認容額等を考慮すると本件事故と相当因果関係のある金額としては、右金額が適切である。

五  結論

以上の次第で、原告らの請求は、被告らに対し、連帯して、原告ふみへが六四九万六六五三円、その余の原告らが各二六八万六四五五円及びこれらに対するいずれも本件事故の日である平成元年一二月一四日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 夏目明徳)

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